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奈良「西ノ京の世界遺産を訪ねて:薬師寺」(2016.11.20)

奈良へ行く用事があり、それにちょこっとくっつけて「奈良・大阪旅行」へ。
用事があったのは、2016.11.19の夕方から3時間ほど・・

翌日2016.11.20の日中は奈良観光へ。

奈良方面は何度が訪れたことがあるので、今まで行ったことがないところ・・
「何処がいいのかな?」
ここは奈良に詳しい友人に相談、
いろいろアドバイスを貰って、まずは「西ノ京」方面へ行くことにしました。

2016.11.19に泊まったのは
「奈良ロイヤルホテル」(ツイン1泊朝食なし13000円位)。

1か月前にホテル探しを始めたのですが、お手頃価格(安め)のホテルは
既に満室状態だったんですよね・・・
ちょっとお高い(私たち基準)けど、仕方がないね・・ということで
「奈良ロイヤルホテル」になりました。
大浴場が気持ち良かったです。

2016.11.20朝、ホテルのシャトルバスで「近鉄奈良駅」へ
電車に乗り「西ノ京駅」で下車

「西ノ京観光案内図」(唐招提寺で撮ったもの)
↓この案内図の右上にある「大池」へ向かいます。

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西ノ京駅を出ると「薬師寺」への案内が目を引きますが
ここはまず「大池」を目指して歩きます。
15分ほどで到着。
この案内板の前で薬師寺方面を撮りますが・・

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曇り空で景色が綺麗に撮れません。

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ズームで撮ってみます。
ウン?ビル? いいえ、「国宝東塔大修理」ということで現在の「東塔」。

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いつもこうなんですよね(;'∀')
旅先で訪れる名所、必ず修理中だったり休館日だったりのパターン
数年前の「姫路城」も今年の日中「マーライオン」も(笑)

のどかな風景を眺めながらお散歩気分で・・
お庭の柿 (゚∀゚) 札幌では見られない風景。

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踏切を渡って

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「休ヶ岡八幡宮」へ
薬師寺を守護する休ケ岡八幡宮。
寛平年間(889~898)に大分県宇佐から現在地に勧請[かんじょう]されました。
現在の社殿は慶長8年(1603)の建物です。
社殿は全体に西面し、本殿・脇殿とも小高い石積みの壇上に建っています。
(薬師寺 公式HP より)

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・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

薬師寺へ

薬師寺は「法相宗[ほっそうしゅう]」の大本山です。
天武天皇により発願(680)、持統天皇によって本尊開眼(697)、
更に文武天皇の御代に至り、飛鳥の地において堂宇の完成を見ました。
その後、平城遷都(710)に伴い現在地に移されたものです。(公式HPより)

平成10年よりユネスコ世界遺産に登録されています。

南門で受付
ここで拝観料 大人1人1100円が必要になるのですが
なんと((^∀^*)) 今日は新管主の就任披露「晋山式」があるとのことで
無料!! ラッキーな体験ができるとは珍しい(笑)

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そういえば、駅を降りた時に着物姿の方や正装の方が多いなぁーと感じていたのですが
「晋山式」のためだったのですね。

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中門を通り

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最初に目に飛び込んで来たのは、「国宝東塔大修理」でした。

平成21年より解体修理に着手しており、
現在は覆屋に覆われておりその姿を拝むことは出来ません。
修理の概要として、瓦、木部、基壇などを全て解体し、地下の発掘調査が行われます。
その後、傷んだ部分の修繕を行いながら再び組み上げ、
平成32年の6月頃に修理が完了する予定です。 (公式HPより)

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西搭
西塔は昭和56年(1981)に復興されました。
東塔と比較すると、まずその鮮やかな色に目を奪われますが、
またそれは奈良を表わす色使いでもあると言えます。(公式HPより)

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金堂
金堂は享禄元年(1528)この地域の豪族の戦火に巻きこまれ、
西塔などと共に焼け落ちてしまいました。その後、豊臣家が金堂の仮堂を建て、
その後本格的な金堂の再建に取りかかる筈でしたが、
豊臣家滅亡などの事情で400年近く仮堂のままの状態でした。
 金堂の再建は歴代の薬師寺住職にとって悲願中の悲願でした。
昭和42年(1967)高田好胤師が晋山し、百万巻写経勧進による金堂再建を提唱、
全国に写経勧進に歩かれ、その結果昭和46年(1971)金堂の起工式を行い、
そして昭和51年(1976)4月に白鳳時代様式の本格的な金堂として復興しました。
(公式HPより)

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薬師三尊像 【国宝】 白鳳時代
金堂内の白大理石須弥檀[しゅみだん]上に、中央に薬師瑠璃光如来、
向かって右に日光菩薩[にっこうぼさつ]、
向かって左に月光菩薩[がっこうぼさつ]がお祀りされています。

金堂内の薬師三尊像を見て外へ出ると大講堂の前は「晋山式」の準備中でした。

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大講堂へ
弥勒三尊像 【重要文化財】 白鳳~天平時代
仏足石・仏足跡歌碑 【国宝】 天平時代
釈迦十大弟子
などを見て、外へ出ると

境内に鐘の音が・・
丁度、鐘をついているところでした。
薬師寺の鐘の音色も楽しめるなんて、ラッキーです。

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式が始まるようです。

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金色のけさをまとった方が村上太胤管主。

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金堂を回って

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大講堂へ

村上太胤管主の就任を披露する晋山式が始まりました。

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少しだけ見て次へ進みました。

玄奘塔
大唐西域壁画殿
を見て「薬師寺」は終了。

奈良「西ノ京の世界遺産を訪ねて:唐招提寺」(2016.11.20)

薬師寺の見学を終えて、次に向かうは「唐招提寺」。

ノンビリと歩きます。

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途中、お店がありました。
「ここで休憩しよう~よ」と咄嗟に提案。
右足捻挫がまだ完治してなくて・・・休みが必要です、私。

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11時頃、客は私たちのみ・・・まだお昼前ですから・・

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お茶でもと思いましたが
こちらを頂きました。

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奈良でなぜにカレーそばを選ぶのだろう・・(笑)

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11時半ころお店を出て出発。

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数分で到着しました「唐招提寺」。

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1998年、世界遺産に認定された。

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金堂

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講堂

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唐招提寺は、唐の高僧鑑真によって759年(天平宝字3)に建てられました。
鑑真は揚州大明寺の僧でしたが、741年55歳のとき、
戒律を伝えるため日本に渡ることを決意します。
五回も渡航に失敗、両眼とも失明しましたが、鑑真はくじけませんでした。
六度目にやっと日本の土をふみ、754年(天平勝宝6)に奈良に着きました。
東大寺に戒壇を設け、聖武天皇以下400余人に戒律を授け、
西ノ京に新田部親王の旧宅を賜って建てたのがこの寺です。
平城宮の朝集殿を移してまず講堂が建てられたのですが、
金堂の建立は鑑真の死後奈良時代の終わりになりました。
810年(弘仁元)に五重塔も建てられて伽藍が整いました。
 平安時代の終わりごろ、かなりさびれたようですが、
鎌倉時代に入って覚盛が律宗の拠点として復興しました。
1275年(建治元)には講堂の修理なども行われています。
兵火にあうこともなく、静かなたたずまいを続けてきましたが、
1802年(享和2)雷火にあって五重塔を失いました。
 創建当時の遺構に、金堂・講堂のほか校倉造の宝蔵と経蔵があります。
金堂は奈良時代の金堂で残っているただ一つの例です。
 講堂は、鎌倉時代に外観に手を加えられていますが、
平城宮の殿舎のうちただ一つ残っているものです。
(奈良市観光協会公式ホームページより)

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唐招提寺といえば、鑑真和上ですね。

開山堂と鑑真大和上御身代わり像
案内板が印象深くて(;'∀')

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御身代わり像(御影像)は、年間数日しか開扉しない国宝の和上像に代わって、
毎日参拝していただく目的で製作されたものだそうです。

北原白秋の歌碑がありました。

水楢の柔(やは)き嫩葉(わかば)はみ眼にして
花よりもなほや白う匂はむ

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ほんの少し歩いて「鑑真和上御廟」へ

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苔が庭一面に広がり、緑のジュータンを敷き詰めたよう

別世界へ来たような・・・見事な美しさです。

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境内の奥まった静かな場所に鑑真和上の墓所がありました。

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「唐招提寺」の見学終了。

西ノ京駅へ

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近鉄奈良駅へ戻ります。

奈良「入江泰吉記念奈良市写真美術館」と「新薬師寺」(2016.11.20)

近鉄奈良駅へ戻りました。

次は「新薬師寺」へ
さて、どうやって行きましょうか?

駅を出るとバス乗り場がありました。
市内循環バスで「新薬師寺」へ行けるよね・・
何処で降りるのかな?
ここでスマホ、Googleに聞きます(笑)
「バスで新薬師寺へ行くには?」とか聞くと答えてくれる(便利)
「破石町(わりいしちょう)」下車とのこと。

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バスを降りて、風情のある道を歩きます。

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途中「入江泰吉記念奈良市写真美術館」の案内板を見つけて
「新薬師寺」の前に「入江泰吉記念奈良市写真美術館」へ

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なんと ♪(ノ)’∀`(ヾ) 無料ですって~~(笑)
いつもついてないことの方が多い我々ですが、今回はラッキーなこと!

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モダンな建物です。

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中もオシャレな感じで素敵な美術館ですね。
階段を下りて下の階へ

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入江泰吉
「春日大社とおん祭」展
春日大社の第六十次式年造替を記念して、入江泰吉が長年撮り続けてきた
春日大社の風景と伝統行事「春日若宮おん祭」を中心に展示。

春日大社は数年前に行っていますが、入江泰吉さんの作品を見ると
もう一つの春日大社と出会えた感じです。

では、「新薬師寺」へ

到着。

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寺伝によれば天平19年(747)に光明皇后が、聖武天皇の眼病が治るように行基に建立させ、
七仏薬師如来を安置したといわれています。
かつては七堂伽藍が整った由緒ある寺院でしたが、現在は本堂〔国宝〕だけが残っています。
東門・南門・鐘楼・地蔵堂はいずれも鎌倉時代の建造で重文に指定されています。
また「萩の寺」とも呼ばれ、境内全体に高畑独特の静かなムードがただよっています。
(奈良市観光協会公式ホームページより)

本堂
本尊木造薬師如来坐像〔国宝〕とそれを囲む等身大の塑造十二神将立像〔国宝〕が有名です。

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やはり「十二神将立像」が印象的です。

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本堂の横にある「香薬師堂」へ
お庭の紅葉が美しい・・

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何かある様子!?

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お部屋のTVでは「新薬師寺」と「十二神将立像」の説明ビデオが流れていました。

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これが面白くて、勉強させてもらいました。
特に「十二神将立像」についてが面白かったです。
伐折羅(バサラ)大将の色を復元させる工程も興味深かったです。

このビデを見て本堂へ
「十二神将立像」をじっくりと見てきました。
「薬師如来坐像」をぐるっと囲む「十二神将立像」たち、かっこいーです。

新薬師寺の見学終了。

で、雨が降ってきまして・・傘は無し・・タクシーは無し・・

しかたがなく雨に濡れながら、バス停へ急いで歩いていると、
ご近所(多分)のおばあさんが
「傘はないの?」と声をかけてくれて
「ええ、持ってないです・・」(ワタシ)
「返してくれなくていいから、うちの傘をもっていきなさい!?」
と優しい言葉を・・・(言葉は関西弁?で言われました)
思わず「ではお借りします」と言いそうになった私(汗)ですが
夫が「もうすぐだよ」と言うので、
切り替えて「大丈夫です。ありがとうございます。」と・・。
咄嗟に優しい心遣いを頂いて、心に残っています。


次は大阪へ移動。
夕食は「串カツ」!